Mrs. GREEN APPLE(ミセス)の「シンデレラ」は、6thオリジナルフルアルバム『POPS』に収録された楽曲です。
「シンデレラ」と聞くと、継母や義姉たちに虐げられていた少女が、魔法によって美しく変身し、王子様に見つけてもらう童話を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、この曲で描かれている「シンデレラ」は、一般的な童話のイメージとは少し違います。
主人公は、自分の中にある「嘘つき」「欲張り」「弱虫」「嫉妬」といった、決して美しいとは言えない感情を隠そうとしません。
むしろ、そうした部分を抱えたまま最後には「自分こそがシンデレラ」だと受け入れていきます。
つまり「シンデレラ」は、誰かに選ばれて幸せになる物語ではなく、欠点や痛みを含めた自分自身を受け入れ、自分の人生の主人公になるまでの心の変化を描いた曲なのではないでしょうか。
今回は「シンデレラ」の歌詞を、曲の展開に沿って考察していきます。
「シンデレラ」はどんな意味の曲なのか?
「シンデレラ」というタイトルには、誰もが知っている童話のイメージが重なっています。
けれども、この曲で描かれているのは「美しく変身して王子様に愛される」という単純な成功物語ではありません。
むしろ、主人公は自分自身に自信を持てず、誰かに認めてもらいたいと願いながら、同時に他人を羨んだり嫉妬したりする自分にも苦しんでいます。
「愛される自分」への憧れ
曲の主人公が憧れているのは、単純に王子様のような誰かではありません。
「愛されることができる自分」そのものに憧れているように感じられます。
自分にはないものを持っている人を見ると、羨ましくなる。
周囲から愛されている人を見ると、「どうして自分は違うんだろう」と思ってしまう。
そんな感情は、誰にでも起こり得るものです。
だからこそ、この曲の主人公は「完璧なヒロイン」ではありません。
誰かを羨んでしまうし、自分をよく見せようとしてしまう。
それでも「こんな自分にも価値がある」と信じようとしているのです。
【Aメロ】「私は必要とされている」と言い聞かせる
曲の序盤では、主人公の迷いが強く表れています。
自分は何をしているのか。
どこへ向かっているのか。
そして、自分は本当に誰かに必要とされているのか。
そんな疑問を抱えている状態です。
自分で自分を信じられない
主人公は「こんな私でも必要とされている」と、自分に言い聞かせようとしています。
一見すると、自己肯定の言葉に聞こえます。
しかし、その直後には誰かに答えを求めるようなニュアンスが出てきます。
ここが非常に重要です。
本当に自分を肯定できているのであれば、誰かに「そうだよね?」と確認する必要はありません。
つまり主人公は、
「私は必要とされている」
と思いたいけれど、まだ心の底から信じられていないのでしょう。
だからこそ、誰かから「あなたは必要な人だ」と言ってもらうことを求めています。
これは、自己肯定感が揺らいでいる人の非常にリアルな心情だと感じます。
「涙」が表す心の限界
さらに、気づかないうちに涙が流れているという描写も印象的です。
頭では平気なつもりでも、心はすでに限界に近づいている。
自分では整理できない感情が、涙となって表面に出てしまっているのでしょう。
それでも主人公は、自分の状態を少し離れたところから見ているような表現をしています。
ここには、傷ついている自分を真正面から見ることが怖いという感情もあるのではないでしょうか。
【サビ1】「これが私だもん」という開き直り
最初のサビでは、タイトルにもつながる「シンデレラ」という言葉が登場します。
ここでは、主人公が「シンデレラになりたい」という憧れを持っていることが分かります。
叶わないと諦めることで自分を守る
主人公はシンデレラに憧れながらも、自分の願いが叶うはずがないと考えています。
そして、自分の中にある嘘や嫉妬を認めています。
ここで繰り返される「いいの」という言葉は、単純な肯定ではないように思えます。
「もういい」
「仕方ない」
「これが私なんだから」
と、自分自身を納得させようとしているようにも聞こえます。
つまり、この段階の「これが私」は、完全な自己受容ではありません。
むしろ、傷つかないための開き直りに近いのではないでしょうか。
「嘘つき」「嫉妬する自分」も自分自身
シンデレラという言葉からは、「純粋」「美しい」「愛される」といったイメージが連想されます。
ところが主人公は、自分をそうした存在として描きません。
嘘をつく。
誰かを羨む。
自分をよく見せようとする。
そんな醜い部分も含めて、自分自身だと認めています。
ここには、この曲の大きなテーマである**「理想の自分と現実の自分のギャップ」**が表れているのではないでしょうか。
【Aメロ2】「愛されたい」という本音が見えてくる
2番に入ると、主人公はさらに深いところまで自分自身を見つめるようになります。
ここで出てくるのが、「そこまでして愛されたいのか」という自問です。
「愛されたい」という気持ちから逃げられない
人から愛されたい。
認めてもらいたい。
必要としてほしい。
これは決して悪い感情ではありません。
しかし、愛されたいという気持ちが強くなりすぎると、自分を偽ってしまうことがあります。
本当は嫌なのに相手に合わせる。
本当の自分よりも「好かれる自分」を演じる。
そんな状態が続けば、心は少しずつ疲れてしまいます。
主人公が「こんなことをしてまで愛されたいのか」と自問しているのは、まさにその苦しさなのではないでしょうか。
「ヒビ割れた器」は傷ついた心
ここで登場する「器」は、主人公の心を象徴していると考えられます。
愛されたいという願いを抱え、他人と比較し、自分を否定し続けてきた結果、心にはすでにヒビが入っている。
それでも主人公は、自分は本当は優しい人間なのだと訴えます。
しかし、その言葉にも「誰かに認めてほしい」という願いが含まれています。
「私は優しいよね?」
「本当は悪い人じゃないよね?」
そうやって、自分の価値を誰かに確認してもらおうとしているのです。
【サビ2】「美しい物語にしてほしい」という願い
2番のサビでは、主人公の願いがさらに明確になります。
それは、自分の人生をできるだけ美しく描いてほしいという願いです。
「一歩一歩」を肯定してほしい
ここで印象的なのは、「一歩一歩」という考え方です。
人生は、一気に理想の場所へ到達するものではありません。
失敗したり、迷ったり、誰かを羨んだりしながら、一歩ずつ進んでいくものです。
だから主人公が望んでいるのは、完璧な人生ではないのかもしれません。
たとえ不格好でも、自分が歩いてきた道を「これでよかった」と思えるようにしたい。
そんな願いが込められているように感じます。
「欲張り」も「嫉妬」も消せない
しかし主人公は、自分の醜い部分を完全には捨てられません。
もっと愛されたい。
もっと認められたい。
自分より幸せそうな人を見ると羨ましい。
そんな感情が残っています。
だからこそ、「いいの」と自分を肯定しようとしても、最後には「どうすればいいのか分からない」という迷いに戻ってしまう。
この揺れ動きこそが、この曲のリアルな部分なのではないでしょうか。
【サビ3】「あの子」と比較することで見える本当の自分

曲が進むにつれて、主人公は「あの子」と自分を比較するようになります。
愛されている。
純粋である。
裕福である。
自分にはないものを持っている「あの子」への羨望です。
「いいな」に込められた素直な嫉妬
ここで重要なのは、主人公が嫉妬を隠そうとしていないことです。
「いいな」と思ってしまう。
「あの人のようになりたい」と思ってしまう。
そして、「自分では敵わない」と感じてしまう。
人間には、誰かと自分を比較してしまう瞬間があります。
SNSなどで他人の華やかな生活が簡単に見える現代だからこそ、この感情はより身近なものになっています。
「弱虫」だからこそ見えてくるもの
主人公は、自分が弱いことも認めます。
ここで、曲のテーマが少しずつ変化しているように感じられます。
最初は「私は必要とされている」と誰かに答えを求めていました。
しかし終盤では、自分が弱いこと、嫉妬すること、痛みを抱えていることを隠さなくなります。
つまり、「良い自分」だけを認めるのではなく、「悪い自分」も含めて認めようとしているのです。
「この痛みこそが私」という自己受容
この曲の大きな転換点となるのが、「痛み」さえも自分自身だと捉える部分です。
これは非常に深い自己受容だと思います。
普通なら、
「嫉妬する自分をなくしたい」
「弱い自分を変えたい」
「嘘をつく自分を嫌いになりそう」
と考えてしまいます。
しかし主人公は、その痛みを消そうとするのではなく、
「この痛みも私なんだ」
と受け止めようとします。
完璧になったから自分を好きになるのではありません。
不完全なままでも、自分を自分として認める。
それが、この曲における「シンデレラ」なのではないでしょうか。
【アウトロ】「唯一のシンデレラ」と自分で宣言する

そして最後に、主人公はついに「私はシンデレラ」と宣言します。
ここには、曲の冒頭から続いてきた心の変化がすべて詰まっています。
「誰かに選ばれるシンデレラ」から「自分で選ぶシンデレラ」へ
童話のシンデレラは、王子様に見つけてもらいます。
しかし、この曲の主人公は、最後には誰かから「あなたがシンデレラだ」と認定してもらう必要がなくなっています。
自分自身で、
「私がシンデレラ」
と決めるのです。
これは非常に大きな変化です。
最初は「私は必要とされているよね?」と誰かに確認していました。
ところが最後には、自分自身で自分の価値を決めています。
つまり、
「誰かに愛されることでシンデレラになる」のではなく、「自分自身を受け入れた瞬間にシンデレラになる」
ということなのではないでしょうか。
「唯一」という言葉が意味するもの
さらに「唯一のシンデレラ」という表現も重要です。
「あの子」のようになる必要はありません。
誰かと同じ人生を歩く必要もありません。
他人と比べて、「自分のほうが劣っている」と決めつける必要もない。
嘘つきな自分も、欲張りな自分も、弱虫な自分も、誰かを妬んでしまう自分も含めて、それが世界に一人しかいない「私」。
だからこそ、自分は「唯一のシンデレラ」なのです。
「シンデレラ」が伝えているのは「自分を好きになる」こと

「シンデレラ」を一言で表すなら、自己受容の物語だと考えられます。
ただし、「自分のことを好きになろう」と単純に励ましているわけではありません。
むしろ、
「自分の嫌いな部分があってもいい」
「嫉妬してしまってもいい」
「弱くてもいい」
「完璧じゃなくてもいい」
というところから始まっています。
人間は、長所だけでできているわけではありません。
醜い感情や弱さ、コンプレックス、後悔なども含めて、その人自身です。
それらを全部消して「理想の自分」になろうとするのではなく、抱えたまま生きていく。
それが、この曲が描く「シンデレラ」なのではないでしょうか。
まとめ:「私がシンデレラ」は自分の人生を肯定する言葉

Mrs. GREEN APPLEの「シンデレラ」は、童話のシンデレラをモチーフにしながら、現代を生きる人のリアルな心を描いた楽曲だと考えられます。
主人公は最初、自分に自信がありません。
誰かに必要とされているのかを確認し、愛されたいと願い、他人を羨み、自分の弱さに苦しんでいます。
それでも曲が進むにつれて、自分の中にある醜さから逃げなくなっていきます。
嘘をつく自分。
欲張りな自分。
誰かを妬む自分。
弱虫な自分。
そして、それによって生まれる痛み。
それらすべてを「これも私」と受け入れた先にあるのが、「私はシンデレラ」という言葉です。
この曲におけるシンデレラは、王子様に選ばれた特別な女性ではありません。
自分自身の弱さも痛みも抱えながら、それでも自分の人生を歩いていく人。
だからこそ、「唯一のシンデレラ」という言葉には強い意味があるのでしょう。
誰かと比べて、自分は劣っていると思ってしまうとき。
自分の嫌な部分ばかりが目についてしまうとき。
「こんな自分ではダメだ」と思ってしまうとき。
そんなときにこの曲を聴けば、
「完璧じゃなくても、自分が自分の物語の主人公でいい」
というメッセージが見えてくるのではないでしょうか。
「シンデレラ」は、誰かに幸せにしてもらうための物語ではなく、自分自身を受け入れることで、自分の人生を肯定していく物語。
最後に「私がシンデレラ」と言い切る主人公の姿は、弱さを克服した姿ではありません。
弱さを抱えたまま、それでも前を向く姿です。
だからこそ、この曲は多くの人の心に響くのではないでしょうか。
「シンデレラ」の歌詞の出典元
「シンデレラ」はMrs. GREEN APPLEの6thオリジナルフルアルバム『POPS』に収録されています。
歌詞を確認する際は、正規の歌詞掲載サービスやMrs. GREEN APPLEの公式情報を利用するのがおすすめです。
歌詞の出典元:Uta-Net「Mrs. GREEN APPLE」歌詞ページ
アルバム:『POPS』
アーティスト:Mrs. GREEN APPLE
本記事では歌詞の全文掲載は行わず、楽曲のフレーズから読み取れるテーマや意味を中心に考察しています。
レラ」は3曲目に収録されています。
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